こちらは、「修験道(しゅげんどう)教祖、役行者(えんのぎょうじゃ)尊」の神霊が降霊される修験道場です。
明法道場
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明法道場とは
  開創と歴史  
宮坂升写真  明法道場は宮坂升(のぼる、1897−1965年)が1941年に開創し、1975年に長女よしみ(1922年生まれ)が再興した修験道の道場です。
宮坂升は18歳のとき山篭もりの修行をし、金庫を開けずに中のものを当てるといった透視能力を身につけたものの、その後を生まれ育った長野県で地元の新聞記者としての人生を送っていた。ところが、40歳代に激しい腰の痛みに襲われ、医師の治療の効果なく、昔に返って行った修験道の行(五行の行)により、満願の3日前に、道場の主神である護法大摩利支天(ごほうだいまりしてん)尊様の神霊がその身に降霊されるという奇跡によって救われた。
神恩に報いるため、宮坂升はその後の人生を修験道の行者(修験者)、霊能者として東京の下町(江東区北砂町)に明法道場を開創し、戦争中は東京を中心に、また戦後は生まれ故郷の諏訪(長野県)に帰って、自らの寿命の尽きる日まで悩める相談者の救済にその後半生を捧げた。1965年に升が昇天した後、道場は一時休眠状態になるが、ほぼ10年の歳月を経て、升の長女よしみが再興することになった。(左の写真は宮坂升、1957年7月撮影)
 当時東京で暮らしていた宮坂よしみは、勤めていた会社の同僚の足の不調を知ると、無意識のうちに父譲りの術(一体観念神霊術)を施すことにより楽にするというような奇跡を起こした。後になって知ることになるのだが、神界へ入った亡父、升の意志により、道場を再興することになったのです。
その後自身の行った真言行などを通して、我が国修験道の開祖とされる役行者(えんのぎょうじゃ)尊様の神霊−神変大菩薩(じんべんだいぼさつ)様が降霊されるようになり、その結果、施術だけではなく、さまざまな霊的相談にも応じられるようになった。
霊能力者としての宮坂よしみの評判が広がるようになると、雑誌や紹介本、テレビ番組などのマスコミが取り上げるようになり、1975年の暮れには会社勤めを辞め、この道に専念するようになった。現在の両国の地に道場を構えたのもこの頃です。現在ではすでに道場再興後四半世紀余りを経て、道場で霊査した相談者の数も千例をはるかに超え、霊的には何のマイナス要因も持たないような恵まれた相談者から、自分の前世の因縁や、家系の先祖因縁、不成仏霊となっている先祖の霊に頼られて苦しんでいるような気の毒な相談者まで、さまざまな人生模様に遭遇させられています。(右の写真は宮坂よしみと長男、宮坂法仁、2000年6月撮影)
宮坂よしみと長男、宮坂法仁写真
神霊が升の手を借りて書いた風邪除けの呪文の写し写真  なお、明法道場の開創者である宮坂升には生前さまざまな神仏霊が降霊されており、降霊された弘法大師(こうぼうだいし)様の神霊が升の手を借りて書いた風除けの呪文(病気としての風邪だけでなく、邪気を除ける呪文)なども残されています。(左の写真はその写し)
明法道場という名前は、開創者である宮坂升の法名、紫雲院明法(しうんいんみょうほう)からつけられています。
現在の道場
 現在の道場の運営は、宮坂よしみが道場を再興した直後から行動を共にしているよしみの長男、宮坂法仁(のりひと、1948年生まれ)を中心に行われています(スタッフ5名)。
明法道場は修験道に縁の深いさまざまな神仏をお祀りしていますが、その性格上、相談者の信仰、宗旨、宗派などにはこだわらないし、また、相談者に道場の信仰を押し付けるようなこともしません。
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神霊相談・霊査・因縁解除・霊障解除・霊体質緩和(生霊返し)・祈祷・施術のできる修験・明法道場の紹介ページです。
(霊能力者・宮坂法仁が人生相談に応じます)
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